「命に最後まで責任をもって消費者に届けたい」
少量生産の沖縄県産黒毛和牛「あやはし牛」の魅力
沖縄県は、全国でも上位に入る黒毛和牛の子牛の生産地。沖縄で育った多くの子牛が全国各地に出荷され、近江牛や松坂牛などのブランド牛となっています。
本島中部の東海岸に位置するうるま市与那城(よなしろ)地区にある彩橋フーズは、繁殖農家として黒毛和牛の子牛を育てながら、県産黒毛和牛のブランド牛「あやはし牛」を生産しています。
「あやはし牛」の一番の特徴は、お産を経験した「お母さん牛(経産牛)」のお肉であること。一般的に食べられている牛肉の多くは生後2年半〜3年ほどの若い牛で、経産牛がスーパーに並ぶことはなかなかありません。経産牛は、出産回数が多くなるほど身が硬くなるとされ市場価値は高くありませんでしたが、近年は、再肥育(食肉にするために育て直すこと)することで味が濃く身も柔らかくなることが分かり、プロの料理人や美食家の間で注目されはじめています。
「子牛を産めなくなったお母さん牛は、出荷されたあと、ミンチや加工食品に使用される現状があります。いち生産者として、たくさんの子を産んでくれた牛を最後まで見届けたいという思いがあったので、そのことに寂しさを感じていたんです。また、おいしい黒毛和牛を産んでくれる母親なのだから、絶対においしく食べられるはずだという思いもあり、経産牛の再肥育に挑戦しました」。
そう話すのは、彩橋フーズの代表を務める根保 操(ねほ みさお)さん。現在は、別の農家の産めなくなってしまった経産牛も根保さんが買い取り、息子さんの手も借りながら50頭近くの「再肥育」に取り組んでいます。
「牛は出産回数が多いほど身が締まって硬くなると言われますが、そんなことはないんです。人間が歳を重ねるほど深みが増していくように、牛も味わい深くなる。通常、牛の肥育は短期間でたくさんの飼料を与えてしっかり肉を付けますが、お母さん牛はじっくりと時間をかけて長期肥育することで、やわらかくて全体的に程よくサシが入ります。その分時間と餌代はかかってしまうのですが、とてもいい状態に仕上がるんですよ」。
経産牛の生産を手掛けている農家は、沖縄県や全国でもまだ数が少なく、根保さん自身、右も左も分からない状態からのスタートだったといいます。
「餌は何が適しているのか、肥育期間はどの程度が一番良いのか、全て一から試していきました。今でも試行錯誤の毎日です。不思議だなと思うのが、よく食べる割に肉付きが悪かったり、あまり食べていないように見えてもすくすく大きくなる牛がいたりと、人間と同じように一頭一頭個体差があるんです。だから、今日は昨日よりも食欲があるなとか、最近食べる量が減ってきているなとか、小さな変化も細かく見るようにしています」。そう話しながら手際良く牧草を与えていく根保さんの後ろ姿からは、愛情をかけて牛と向き合っていることが伝わってきます。
「飼料は、添加物や抗生剤を使わない、自然由来のものです」と根保さん。とうもろこしや大豆かす、麦などを混ぜたものに、県内のビール工場で作られたビール粕を加えることで肉質も良くなるのだそうです。
「ときおり、自分で配合した飼料の栄養成分を農業改良普及センターで分析してもらうんです。そうすることで、足りない栄養素を把握し飼料のバランスを調整しています」。
また、根保さんは、牛の肉付きの変化や、食欲、コンディションによって、出荷のタイミングを見極め、それに合わせて飼料の配分も変更しています。
「出荷の2ヶ月前になると、ビール粕の量を少し減らして飼料の配分を変えます。たった500gの違いでも、2週間ほどたてば胸肉やお腹周りなどががっしりとして肉付きが変わってくるんですよ」。
(写真提供:彩橋フーズ株式会社)
現在のあやはし牛の出荷頭数は月2〜3頭ほどで、精肉はうるま市内にある農産物直売所「うるまルシェ」で販売されています。また、予約が入った時にだけオープンする焼肉店も営んでおり、あやはし牛のお肉を食べることができます。
「畜産農家になる前は飲食店を営んでいたのですが、お客様にサーブするだけでなく、生産から提供まで手掛けたいという気持ちがありました。手塩にかけて育てた牛が精肉になって僕のもとに帰ってくるのは楽しみと同時に感慨深いものがあります。そしてそれを自分の手でお客さまに振る舞い、喜んで食べてもらえた時はすごく嬉しいですね」。
彩橋フーズでは、経産牛のおいしさをもっと知ってもらい、気軽に楽しんでもらいたいとの思いから、素材の特徴を活かしたハンバーグを販売しています。子牛をたくさん産んできたお母さん牛が最後まで命を全うする、そのことに敬意を表して、ハンバーグの商品名は「敬(けい)」。あやはし牛のミンチに、玉ねぎ、塩と、使用されている材料はとてもシンプルで、あやはし牛のおいしさがストレートに伝わる味わいです。
また、彩橋フーズでは、うるま市内にある農産物直売所「うるマルシェ」と企画したイベント「子ども食堂」を開催し、あやはし牛を使った牛丼を子どもたちに振る舞っています。
「やっぱり一番は子どもたちに食べて欲しい。地元で作っているお肉だから、これが将来子どもたちにとって馴染みの味になると嬉しいですよね。もっと多くの方にあやはし牛のおいしさを知ってもらうためにも、少しずつでも肥育頭数を増やしていきたい。そこが今後の課題でもありますね」と根保さん。
沖縄の方言で「美しい橋」を意味する「あやはし」。うるま市内の小さな島々を結ぶ橋の名前にもなっているように、あやはし牛が、たくさんの消費者へおいしさと「食への感謝」を伝えていく架け橋となることを願いながら、これからも彩橋フーズの挑戦は続きます。