畑から食卓へ。さとうきびの魅力を発信する
オルタナティブファーム宮古の新しい農業
沖縄ではお茶請けや料理の材料にも欠かせない黒糖。その原材料である「さとうきび」は、県内で一番多く栽培されている作物で、栽培面積は沖縄県内の畑の約半分を占めています。さとうきびが沖縄に伝来した詳しい時期は不明ですが、その歴史は古く、1623年に琉球の儀間真常(ぎましんじょう)という人が中国の福州に遣いを送り、製糖技術を学ばせて県内に広めたといわれています。
収穫の時期は12月下旬から3月ごろ。この時期になると、県内のあちらこちらでススキのようなさとうきびの花(穂)を見かけます。風にそよぐ風景はなんとものどかで、沖縄の冬の風物詩のひとつです。
沖縄本島から南西に約290kmに位置する宮古島で、さとうきびと島バナナの有機栽培や黒糖加工商品の製造、農業体験に取り組んでいるのが「農業生産法人オルタナティブファーム宮古」の松本克也さん。もともと自動車会社などで研究開発の職についていたという松本さんが、農家に転身したのは2012年のこと。
「当時子どもがまだ小さく、妻が食べ物に気を使うようになったのがきっかけです。次第に農業に興味を持ち、様々な好条件が重なって宮古島へ移住し農家へ転職しました。とはいえ素人ですから、初期投資が少なくて育てやすいものということで『さとうきび』かなと(笑)。けれど育てるならその土地に根ざした作物がいいなと思っていました」
実際に育ててみると「やはり土地に合っている」と実感したという松本さん。「台風でなぎ倒されてもまた伸びてくるし、病害虫の被害ももちろんありますが壊滅的ではありません。生命力が強く、自己治癒力も高いんです」
こうした植物本来の力を生かすため、松本さんは農薬や化学肥料を使わず、自然に近い状態でさとうきびを育てています。
「肥料や水が与えられない環境は植物にとって過酷ですが、自力でたくましく育つんです。除草剤なども使わず、なるべく自然で健全な状態の“生きた土”で育てる。なので夏の草取りは大変ですけど(笑)」
さとうきびは越冬するためにエネルギーを備蓄することで冬場は糖度が高くなり、夏はその蓄えた糖を消費し太陽の光を浴びて成長するため糖度が下がります。夏場の糖度(Brix値)は11度くらいまで下がるのが一般的ですが、松本さんの農場のさとうきびは冬場で約20度、夏場でも約15度くらいだといいます。
「ごはん(肥料)をあげないスパルタのせいか、糖度の下りが抑えられていると思います。それはここ7年変わらないです」
7反ある畑のうち、さとうきびは4〜5反ほど。その管理は基本的に松本さん一人で行っています。苗づくりから植え付け、草取りや水やりなど日々の手入れを行い、収穫できるのは約1年後。高さ2〜5mほどに成長したものを収穫しますが、その作業はさとうきび栽培において重労働のひとつです。最近ではハーベスタという収穫機械を使うところが増えていますが、松本さんは人手を借りながら鉈を使って一本一本手作業で刈り取っています。
「傷んだ部分が混ざっていると黒糖が全然おいしくないんですよ。手刈りだとトラッシュ(葉や根といった不要な部分)もきれいに除けられるし、成熟して甘い部分だけを選別できるんです」
「さとうきびも野菜や果物と同じよう生鮮作物ですから」と良質な黒糖を作る上で鮮度をとても大切にしている松本さん。自社農園で収穫されたさとうきびはすぐに加工所へ運ばれると、圧搾機で搾られさとうきびジュースに。そこに石灰を加えて加熱することで不純物が下部に溜まります。この上澄み部分だけを取り出し再度炊き上げると黒糖蜜の完成。それを冷やし固めると黒糖になります。
「丁寧に不純物を取り除くことでエグミのないスッキリとした味になります。ただ取りすぎるのも…難しいんですよ(笑)。目指しているのは、あまり苦くなく自然な甘さであること。黒糖にしたときの見た目は白っぽくて、ほろっとする口どけです。商品をつくりはじめた頃は黒糖や黒糖蜜といった素材を味わう商品を作っていましたが、『黒糖の使い方がわからない』という声を多くいただいて。特に県外の方は黒糖が生活に浸透していませんから、それで2〜3年前から普段使いしてもらえる商品の開発を進めてきました」
こうして生まれたのが、黒糖蜜をベースにした「美ら蜜(ちゅらみつ)ミルクジャム」と「美ら蜜シロップ」シリーズ。パンに塗ったり、ソーダで割ったりと手軽に黒糖が楽しめるとじわじわ人気商品に。中でも一番人気なのが県産パインアップルやくるみなど9種類のフルーツとナッツを自家製黒糖蜜で漬け、ココナッツオイルとラム酒で香りづけをした「美ら蜜ナッツ&フルーツポット」。濃厚でコクのある黒糖本来のおいしさが味わえるのはもちろん、アイスなどにかければ、贅沢なスイーツになると好評です。
さとうきびの生産から加工まで、真摯に取り組む松本さんですが、現在特に力を入れているのが「体験型観光」です。
「1年かけて育てたさとうきびを収穫して搾り、黒糖作りを体験してもらいます。体験は収穫からですが、梢頭部(しょうとうぶ/上部の若い茎の部分)を切って苗を育てるところから話し始めます。さとうきびって砂糖の材料くらいにしか思ってない方も多いですが、搾りたてのジュースや熱々の黒糖を試食すると、『こんなにおいしいんですか』ってみなさん感動されるんですよ。畑の作物が黒糖になる過程がわかるとおいしさの感じ方が違ってきますし、生鮮作物としての魅力もお伝えしたいんです。そして、黒糖づくりという沖縄の伝統文化も守っていきたい。粛々と作物と向き合うのももちろん大切ですが、対面じゃないと伝えられないことがあると思います。こうした教育的価値も育てながら、ゆくゆくは宿泊施設やショップなんかも作れたら……まだまだですけどね」
既成概念にとらわれず、様々な側面から農家としてさとうきびの魅力を発信する松本さんの姿に、農業の可能性を感じずにはいられません。